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1995年 夏。 炎天下の中大音響と身もよじれるような振動の中での作業が約2ヶ月続きました。 石山では僕の石を出す為にまず800トンの石の塊を出しました。その大きな塊から石の目や模様を調べた上で一番よい部分を約30トンの塊として切り出しました。 |
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| くる日もくる日も削岩機で穴をあけ、 鉄製の矢なるもので割って行くのです。石の目を見ながら角度を決め、穴を掘る。その穴に矢を挿しては 割っていく。その繰り返し。太陽の下での作業は続きます。防塵マスクと耳栓をつけ、機械を使いながら形を追っていく。幸せな時間。ここは茨城県笠間市稲田町、白御影石の産地です。 | |||
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| 石山は危険と隣り合わせです。だから人が優しい。口が重たい職人さんは、モタモタやっている僕を見かねてすっと横に現れ、何も言わず石をいじりだす。 「なぁ、こうすりゃいいんじゃないか?」と一言。この2ヶ月間で石の転がし方扱い方を随分学んだ。 |
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| そういえばアメリカ先住民の友がこんな事を言っていた。彼らの社会では 石を扱う人を皆が尊敬していると。 例えば、儀式に使う石製のタバコパイプを作る人などは、パイプメーカーといわれとても特別な職業として認められている。 そう、石には中途半端な判断はしてはいけないようだ。石はとても素直であるから作者本人を全て映し出してしまう。これはそんな大きな学びをした作品です。 | |||
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